・民族主義の逆襲 | 矢口新

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☆民族主義の逆襲

ポピュリズム(大衆迎合主義)とも呼ばれる民族主義が欧州で勢いづいている。その背景にあるものは、移民に対する反感や経済・安全保障面の不安だけでなく、現体制が推し進めてきた民族主義の対極にあるもの、グローバリズムや国際機関、国家集合組織への失望があるのではないか。

欧州が置かれた環境は日本と似ていなくもない。以下に述べることを、日本も同じだと理解して頂きたい。違いは、欧州のグローバリズムは欧州連合やユーロを通じて日本よりも進化していることだ。これは同時に移民に対する反感や経済・安全保障面の不安がより大きいことを意味している。そのために、グローバリズムへの失望が絶望に近付き、民族主義への回帰を求める人々が増えていると見ている。

ドイツではこの9月、極右政党「ドイツのための選択肢」と極左のポピュリスト新党が東部テューリンゲン州の議会選で、合わせてほぼ半分の票を獲得した。また、両党は隣のザクセン州の議会選でも得票率が40%を超えた。テューリンゲン州では「ドイツのための選択肢」が第1党となった。戦後ドイツの州議会選で、極右勢力が勝利を収めたのは初めてとなる。

2回投票制のおかげで、長年安定的に議会の過半数支配を確保できてきたフランスでさえ、6月末と7月初めの議会選の結果では、1回目の投票で第一党となった極右政党の国民連合が大きく勢力を伸ばして全議席のほぼ4分の1を獲得した。その結果、どの陣営も単独過半数に届かない宙づり議会となり、9月に入ってやっと首相が決まったが、まだ内閣は発足していない。

2022年2月に始まったウクライナ戦争後には、イタリア、オランダ、スウェーデン、フィンランドなどで、民族主義政党が選挙で勝利を収めた。

これらの国々では、有権者の過半数がどの政党にも国内の問題解決を期待していないとし、政治機関を信頼していない、民主主義が機能していないと述べ、政府への支持はどん底にある。

ウクライナ戦争の2年前には、コロナ対策で経済を止め、そこに大量の資金を供給したことで、強烈なインフレが訪れた。景気後退とインフレの同時進行をスタグフレーションと呼び、最も大きな経済危機だとされるが、それを各国政府の政策が作り出したのだ。加えて、そのことで各国共に財政赤字に至り、フランス、イタリア、英国などでは、積み上がった公的債務が政府の政策の選択肢を狭めている。

更には、高齢化の進展が医療需要を拡大させる一方で、保健医療分野での人材不足が重なり、欧州の医療危機が迫っているとの警告を、世界保健機関が発するほどの状況に至っている。


そこに起きたのが、ウクライナ戦争後に訪れたスタグフレーションの再来だ。これも、各国政府の政策が作り出したものだと言える。何故なら、ロシアのウクライナ侵攻は本質的に事実上の内戦に近いものだったからだ。欧州各国が他の地域でも起きている内戦や二国間紛争と同じように扱っていれば、その後のスタグフレーションはなかった可能性が高い。

今になって米メディアなどは、ロシアが液化天然ガス(LNG)の欧州への輸出を止めたために、米国産などの割高なLNGに頼らざるを得なくなったと報道している。しかし、事実はロシアに戦費を与えるなとして、米国と共にロシア制裁を行い、ロシアとの貿易を禁じたのは欧州の方だ。そして、ロシア産LNGや原油の輸入を、インドなどを経由して行った。そのことで、欧州の購入価格は高くなり、インドなどは制裁破りのこうもり外交などとも呼ばれた。

それまで欧州は安価で安定したエネルギーを確保するためにロシアとの関係を深め、LNGの約35%をロシアからの供給に依存するようになっていた。その多くが、ベラルーシやウクライナを経由するパイプラインで運ばれていた。そのことで、ウクライナなどには多額のパイプライン使用料が支払われていた。

一方、ロシアは2011年からバルト海経由のノルドストリーム・パイプラインを設置してドイツに直接供給を始めていた。また、黒海を横断してブルガリアに繋がる海底パイプラインを設置して南欧に供給した。

そして、2022年初頭にはバルト海経由のもう1本のパイプライン、ノルドストリーム2の開業が決まっていた。ドイツ側ではシュレーダー元首相がロシアの国営石油大手ロスネフチの取締役を務め、ウクライナ戦争直前の2月初めには、ノルドストリーム2の運営会社国営ガスプロムの取締役候補に指名された。LNGの安価で安定した供給は欧州の経済・安全保障面で不可欠なものだったのだ。

しかし、こうした欧州とロシアの経済的な繋がりに危機感を覚えたのが米国だった。それらに関する米英メディアの報道を、ロシアのウクライナ侵攻の前年2021年に私が残していたメモから抜粋する。


・米国のロシアパイプライン施設船への制裁に、ドイツが遺憾表明。米国がドイツに、ロシアの海中パイプ施設船への制裁発動を計画中だと報告したと、月曜日にドイツの経済省が述べた。同船はロシアからドイツへの天然ガスパイプライン、ロシア主導のノルドストリーム2建設に関わっている。
「我々は遺憾の意をもって、この発表に注意を払っている」と、経済省のスポークスマンはベルリンで述べた。ノルドストリーム2は既存の海中ガスパイプライン、ノルドストリームの運搬能力を2倍に高めるために考案されたが、米国が欧州エネルギーのロシア依存を削減しようとするなかで、ロシアと米国間の争点となっていた。
参照:Germany regrets U.S. decision to sanction Russian vessel involved in Nord Stream 2 

・ロシア、欧州天然ガス市場の支配を強める。よく使われることわざでは「遠くの親戚より近くの他人」だと言う。最大で最も重要な隣人、ロシア連邦と向き合う欧州連合の立場を言い表すのに、これほど適切な表現はない。現状の関係は冷戦終結後で最悪のものだ。しばしば不安定な両者の関係にもかかわらず、欧州とロシアの経済は強く相互補完的だ。このため、ある国々にとっては問題になる水準の依存につながっている。
参照:Russia Tightens Its Grip On Europe's Natural Gas Markets 

・ドイツ向けガス新パイプラインは、ロシアにパワーを供給。ヨーロッパの天然ガス・スポット価格が史上最高値となっている。加えて、在庫水準は居心地が悪いほど低い。寒い冬になると、電気やヒーターを付け続けるために、アジアと液化天然ガス輸送の購入戦争を強いられるのではないかとの恐れが高まっている。また、ロシアが助けるのではないかと目されている。
ロシア国営ガス生産会社、ガスプロムは欧州最大の天然ガス供給者だ。火曜日に国際エネルギー機関(IEA)は、ロシアは欧州のガス不足をもっと緩和できるとし、また、「ロシアが欧州市場への信頼できる供給者としての資格を強調する機会だ」と述べた。
参照:Russia’s New Gas Pipeline to Germany Delivers More Power to Moscow 

・2022年には米国が世界最大の天然ガス輸出国に
U.S. to be world's biggest LNG exporter in 2022 


こうした当時の状況から、米国がノルドストリーム2の開業に危機感を持った理由を3つ挙げる。1つは、NATOの欧州構成国とロシアの経済的相互依存の深化による仮想敵国の形骸化。2つめは、米国産天然ガスの余剰懸念。3つめは、仮想敵国ロシア経済への恩恵だ。

また、これが開業すると、いずれウクライナ経由のパイプラインはその役目を終えることにもなる。そうなると、2014年のクーデターで出来た親米政権のもとで、せっかくハンター・バイデン氏をウクライナ最大のガス会社プリスマの役員に据えたことが無意味となる。

しかし、これらの懸念は2022年2月後半にロシアがウクライナに侵攻したことで、すべてが杞憂に終わった。ロシアは仮想ではない本当の敵国となり、米国の天然ガスが欧州や日本の買い手を見つけられただけでなく、大量の武器も販売することができたのだ。そして、供給量を2倍にするとされたノルドストリーム2パイプラインは開業目前で廃業、全員を解雇した。そして、米国が先導する対ロシア制裁には世界のほぼ半数の国々が参加した。誤算とすれば、制裁賛同国が半数に限られていたために、ロシア経済の落ち込みが限定的だったことだ。

制裁を受けて、欧州向けパイプライン輸送契約は2024年12月ですべて終了するが、現時点ではウクライナを通過しながらまだ一部の輸送が続いている。主な供給先は、内陸国で港がないスロバキア、オーストリア、ハンガリーで、これら3カ国は代替供給源の確保に奔走する一方、暫定措置としてロシアに天然ガス料金をルーブルで支払うことにさえ同意した。

オーストリアの電力会社は、ドイツ経由の代替案が割高であることから、ロシア産天然ガスの輸入を続けている。また、ガスプロムと結んだガス供給の長期契約を破棄するのは法的に困難で、費用もかかると述べている。オーストリアのロシアへの天然ガス輸入依存度は2023年に98%だった。また、ハンガリーはロシア産天然ガスの輸入を縮小する計画はないと宣言している。経済的な整合性がないことが理由だ。

両国が事実上、ロシア制裁に加わっていないのは、国益に反するからだ。実際に、制裁に加わった国々は、長年にわたり進めてきたエネルギーの安価で安定的な確保が反故にされ、ほとんどの国でスタグフレーションが再燃した。つまり、グローバリズムや国際機関、国家集合組織を優先したことで、国民生活の危機が陥れた。以前のユーロのソブリン債務危機のように。

各国の報道はグローバリズムに価値観(政治的正義)を置いているので、例えば、ユーロやNATOがもたらしたネガティブな面にはあまり触れない。そのため、そうした「グローバリズムの被害」を直接に受けている人々の不満を汲み上げている民族主義政党らが支持を集めていると言えるのだ。

 

 


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